自分の中で「こうあるべき」と思っている夢を実現するためには、会社のトップにならなければ難しい。だが、それには何年もの月日がかかる。ならばいっそ自分で会社を作ってしまえ!
5年前、島田氏は19年間努めた東武動物公園を辞め、独立を決意。呆れる家族の視線を尻目に、退職金で動物運搬用のトラック2台を買い込み、愛犬3匹と一緒に移動動物園をスタートさせた。目指すのは動物とのふれあいをテーマにした一大アミューズメントパーク。そこは、ただ動物を見るだけでなく、体感し、ふれあい、友達になり、共に暮らし、接点を持つことで動物の視点からものを見たり考えたりできる時空間だ。
まず難航したのは動物たちの飼育場探しと運転資金の確保。条件の良い土地をやっとみつけだしたがそこは千葉県、あてにしていた地元の埼玉県商工会からの助成金が受けられなくなってしまった。ここで諦めてはいられない。再び事業計画書を作り直して国民金融金庫からの融資を引き出すことに成功した。肝心の動物たちも、飼育員として勤務していたときのネットワークを駆使し、全国の動物園から市場よりもかなりの低価格で調達。一緒に働いてくれるスタッフも、友人を頼って募集した。「絶対にやるんだ、という気持ちと人脈がなければはじめられなかったでしょうね」と当時を振り返る。
独立してはじめて気がついたこともある。それは「会社の信用」ということだ。動物たちの餌の納入にしても、会社員時代は電話一本で気軽に発注できていたことが、島田個人では信用がない。それまで友人のように付き合っていた業者からも現金払いや、当月末決済を求められるなどシビアな現実もつきつけられた。大手だからこそできていた動物の調達も、自分で情報を集め、市場を荒らさないように仕入ルートも配慮しなければいけない。業界のルールも改めて勉強した。
開業3か月後には都内遊園地でふれあい動物園のイベントを任されるが、認知度はなかなか上がらず、他社との差別化を見てもらうために、利益度外視の飛び込み営業も行った。何よりも辛かったことは3年間準備し、満を持してデビューした猛禽ショー。大手動物園の長期イベントとして来園者の前で飛ぶ雄志は3年間の苦労を思うと感慨深いものがあったが、イベント終了後に事故で全羽が死亡。調教に費やした3年間の時間と労力は全て振り出しに戻ってしまった。「困難なことイコール一番先にやるべきことだ! という意識を持つようにしています。駄目になったならまた一から始めればいいんです。」
2003年に有限会社となり、リピーターも増えてきているが、まだまだ経営が苦しいのも現実。「私の場合、本当に自分が思ったとおりに物事を行うためには、独立・起業のほかに道はありませんでした。カベにぶつかって動けなくなってしまったときでも、自分が何をしたいのか、何をすればいいのか自問自答し、ブレがないかを再確認します。決して諦めず、道を探し歩き続けることが大切です。夢のふろしきはでっかくないと、形にしたときに面白くないですからね。」豪快に笑う島田氏に、信念と夢を持って歩き続ける人の強さとたくましさを感じた。
(取材・佐々木直子)
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