●キープラネットTOPページへ
入会方法・会費
セミナー・講演・交流会
自主事業・委託事業
キープラネットについて
代表・川野真理子
会員コラム
サイト内検索



大文字・小文字を区別



起業のカベ
●起業のカベ ●営業の種  ●法務のミニ情報 ●財務のミニ情報  ●法人化体験
島田直明
絶対にあきらめないことが道を開く

森 英樹さん 合資会社森オフィス「銀座コーチングスクール」(東京)
 
クライアントに効果的な質問をし、その人のよさを引き出したり、重要な「気づき」をもたらすコーチング。コミュニケーションスキルとして最近はずいぶん認知度が上がってきた。 現在銀座コーチングスクール(GCS)を経営する森英樹さんもコーチングの将来性に早いうちから目をつけた一人と言える。

「大学を卒業して1年半くらいモルモン教の宣教師(!)をやっていましたが、その後は親が経営する居酒屋に1年、英語教師を企業派遣する会社のサラリーマンを4年半やりました。その会社では若輩ながら事業部長という肩書きをもらい、会社の経営戦略的な分野にも携わることができました」。

その経験がきっかけとなり、森さんは「経営」の面白さにはまっていく。

「会社の方針や戦略を考えることをもっと専門にやってみたい」。

森さんは「経営コンサルタント」への転職を試みた。だが経験がないため何社まわっても不採用通知ばかり。唯一手を差し伸べてくれたのが中小企業向けのコンサルティングを行う小さな会社だった。

「実はその会社は35歳以上が応募条件だったんです。当時の私は29歳。本来ならば応募資格はないのですが、『自分は若いけれど今までの会社で事業部長職だった、実際は経営に関わる仕事もやっていた』と精一杯PRしたら評価されました」。

転職後は先輩のかばん持ちからのスタートだ。

「このとき担当だった先輩がとても厳しい人で。でもビジネスの基本をずいぶん学ばせてもらいました。たとえば資料を作るとき、普通は先輩のチェックを受けたら修正して再度提出してOKかどうか判断してもらいますよね。その先輩はこう言うんです。『お前、修正したものをまた見てもらおうなんて思うなよ。そういう気持ちでいる限り無責任になる。一度チェックしてもらったら後は自分の責任で修正するんだ』。なるほど、と思いましたよ。確かに誰かが最後に見てくれると思っているうちは、心のどこかで真剣さが足りないですよね。今でも私はこの先輩の教えを守っています」。

経営コンサルタントとして10年が過ぎ、仕事にもだいぶ慣れてきた頃、森さんはそれまでの蓄積した経営のノウハウをもとに、ビジネスパーソン向けメールマガジン『経営戦略考』を発行しはじめる。メルマガは好調で広告収入を得るようになり、すでに週末起業家状態になった。そんな折「コーチングのクライアントを集めたいからメルマガに広告を出したい」と言ってきた人がいた。「えっ?コーチングってナニ?」。調べてみると日本ではまだ馴染みのないコミュニケーションに関するスキルだった。コミュニケーションは業種に関係なく誰にも必要で、いわば人生のインフラのようなもの。

「これは、売れる!」。森さんはそう確信し、広告を申し出てきたコーチのAさんと一緒に、コーチングの普及と起業家支援に向けて走り出した。森オフィス・コーチング事業部と銘打って代表は森さん、実務はAさんの二人体制でのスタートだった。

ところが、ここに起業後の大きな壁が立ちはだかった。もっとも信頼していたはずのAさんが、やがて森さんを排除しようと反旗を翻してきたのだ。実務を仕切っていたAさんはいつの間にか受講生を束ねて自分だけでやりたい、と言い出した。「森さん、補助的な仕事ならあなたを雇ってもいい」。そんな意味合いのことも言われた。実務は確かにAさんがメインだったが、集客や組織の運営については経営コンサルタントの森さんに負うところも多かったはず。二人三脚だからこそ、ここまで来れたのに。

「当時私はまだサラリーマンでコーチングはサイドビジネス。彼は本業でしたからだんだん私との間に温度差が出てきたんでしょうね」。

大切なビジネスパートナーに裏切られたショック。信頼関係がくずれてしまったら、もう一緒にビジネスはやっていけない。

「いったん始めた事業を途中であきらめるのは死んでもいやだった。コーチングを学んで私自身、よかったことがたくさんありましたからね。自己開示ができるようになって人と信頼関係を築きやすくなったし、感情表現も豊かになってストレスを抱えることも減った。コーチングの将来性には絶対自信があったんです。結局彼に受講生も何もぜんぶ譲って、自分は一人で新しくスクールを立ち上げようと決めました。なかば意地でしたね」。

ちょうどその頃、コーチングの勉強会で何人かの仲間たちと知り合っていた。声をかければ協力してくれるメンバーのめぼしもついていた。レンタルオフィスを借りロゴを考え、カリキュラムをつくってセミナーを企画し受講生を集め、2002年、「銀座コーチングスクール」を誕生させた。

「起業直後は一人で何もかもやらないといけないので作業量の膨大さに気が遠くなりそうでしたよ。まだサラリーマンを続けていたので経済的な面ではなんとかなりましたけど、まもなくそれも会社にバレて退職(笑)。でも当時借りていたレンタルオフィスの受付の女性が有名な着物着付け学校の関係者で、コーチングに興味を持ってくれたんです。おかげで仕事が舞い込んで立ち上がりの厳しい時期を支えていただきました。今でも大切なお得意様です」。

スクールが順調に滑り出した頃、Aさんがひょっこり現れて森さんに謝ってきた。再びビジネスパートナーとして選ぶことはなかったが、お詫びの言葉をもらったことで折り合いをつけたという。森さんが今でももっとも気を使うのは人間関係である。講師やスタッフなどを採用するとき後で離れていったりしないか、信頼できる人かどうかをていねいに見ていく。

「同時に自分が相手にどれほどのメリットを提供できるか。常に相手の立場に立つことを忘れないようにしていますね」。

森さんに「カベ」を乗り越えるポイントを尋ねると「自分の目標や希望を絶対にあきらめないこと。絶対成し遂げてやる!と強い意志を持ち続ければ、道はきっと開かれますよ」との力強い言葉が返ってきた。

(聞き手 船矢佳子)
※この記事は会報誌43号(2006年4月25日発行)に掲載されたものです
プロフィール
   

森 英樹(もり ひでき)46歳「銀座コーチングスクール」代表
[社名]合資会社森オフィス「銀座コーチングスクール」(東京)
[業種]教育事業
[URL]http://www.ginza-coach.com/

キープラネット正会員


過去の記事へ起業のカベ目次へ┃新しい記事へ
ページトップに戻る
プライバシーポリシー 通信販売に基づく表示 お問合せ
Copyright(c)2005 Keyplanet workshop.All Rights Reserved.