「おはようございます。近江です。やっと獲れました。今朝獲れたんですよ、キュウリウオ。すぐクール便で送ります」。携帯電話の向こうから弾んだ声が聞こえてきました。5月8日の朝のこと。聞いている私の胸も弾んできました。
話は3月6日に逆上ります。私はその日、沖縄県の那覇市で開かれた「ライフスタイルとワークスタイルを考える」というセミナーで、パネラーを務めさせてもらいました。パネラーは他に4人。ウインアンドウインネットの込山民子さん、逸品の森本繁生さん、キープラネットの川野真理子さん、そしてもう一人が、北海道・浦幌町の漁師、近江正隆さんでした。近江さんは漁業を営むだけでなく、「旬の逸品やさん」というネットショップを開いています。自らが獲った魚を自らで販売しているのです。この時が近江さんとの初対面でした。
彼は、多くの消費者が知ることのない、北海道の魚の本当のおいしさを知らせたいという熱意と、命懸けで食を支えながらも、不安定な収入に苦しむ漁師の未来を切り開かねばという使命感で、こうした働き方を選んでいるのです。
事前の資料で、近江さんがそういう志を持つ人だとは知っていました。が、やはり初対面。少しでも彼を知ろうと、セミナー前日に「旬の逸品やさん」の中の「店長プロフィール」に目を通しました。読み進むうち、胸が熱くなり、最後は目頭まで。1970年に東京で生まれた彼が、なぜ北海道に渡り、どのような苦難を経て漁師になることができたのか、そして今……。そこに書かれている事実は、彼の柔和な風貌からは想像もつかない、すさまじいエピソードばかりでした。皆さんも「旬の逸品やさん」を開いて、ぜひ読んでみてください。
こんな凄い男に出会うとは。しかも北海道を背負おうとする男と沖縄で。これはただならぬ出会いだと感じました。セミナーの翌日も翌々日も、私は彼と行動を共にしました。彼が沖縄で何かをつかもうとしている。換言すれば、すさまじいエピソードに、また新たなページを加えようとしている。そんな雰囲気を感じたからです。彼が何をつかんだのか、私はあえて尋ねませんでした。聞かなくても、いずれ彼の仕事に、その答えが滲み出てくると思ったので。
彼の声を聞くのは、その時以来でした。「北海道にキュウリの匂いがする魚がいるって聞いたけど、本当?」と那覇で私が質問したことを、覚えていてくれたんですね。届いた箱を開けてみると、本当にキュウリの匂いがしていました。体型はキス似で、肉質はサヨリ似のその魚を、塩焼きで、煮つけで、ヒズ(刺し身を凍らせる食べ方)で、腹いっぱいいただきました。一緒に送られてきた「行者にんにく」(彼が山で採ってきたもの)も美味でした。「近江さんが体を張って獲ってきた食材なんだ」。そう思うと、うまさが倍加しました。
生産者を知っている。消費者にとって、それは何とも幸せな気分です。
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